2009年8月6日木曜日

弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 「セリオーソ」 Op. 95

極限まで凝縮された弦の響き、妥協の無いリズムの追求、無駄を削ぎ落とした構成美、隣接したダブルストップの緊張感、など、など、、、


古来この曲に対する賛辞は多いが、この曲を完璧に弾きこなした例はあったのかしらん?

ネイガウス(ロシア・ピアニズムの泰斗)によれば、現実を超越した観念として「あらねばならぬ」という想いがあって初めて、音楽の次の階梯が示されるのであって、楽器奏法のパターンなどはそれによって規定されるらしい。鍵盤や弦のアクロバットの探求(リストやパガニーニの例)がもたらした地平より、聾の作曲家の普通じゃない思い込みの方がずっと広大なパースペクティブを示すようだ。この傾向はピアノにおいて著しいらしい。

ベートヴェンの弱点としては、(モーツァルトに比べると)響きに対する粗雑さ、トュッティの際に聞こえない声部があるなどのあら探しがあると思いますが、こと弦楽四重奏においては楽器編成としての薄さが却って彼の弱点を隠しているように思われます。

この曲の、これでもか!といった非情な減七の響きとか、リズムの仮借ない繰り返しなどは、正に快感、耳への悦楽に他なりません。楽器が悲鳴をあげているが、決して無理な感じはしません。

弾け、といわれると誰もが躊躇するとはおもいますが、、、、さっき聞いたら、のどが引っ付く程興奮してしまった、ので思わずこの文章を書いています。




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